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ブックガイド3 終わりなき不安夢


終わりなき不安夢(2016年、書肆心水)ルイ・アルチュセール著、市田良彦訳 アルチュセールは、見た夢を記録し続けた。メモとして、あるいは妻や愛人への手紙として。そこにはあからさまな、あるいは潜在的な「宛先」へのメッセージがあり、またラカンの精神分析理論への関心があり、また実際に受けていた精神分析そのものの影響もあった。しかし、次々に書き付けられる夢の連なりからみえてくるのは、そのような根拠の見出せる理由をはるかに超えた、夢を記述しよう・記述したいという欲望そのものの痕跡ではないか。そしてその記述自体がアルチュセールに夢の原料を与え、その原料から生まれた夢がまた記述される。その夢をアルチュセール自身が分析し、ついには妻の殺害についての「二人で行われた一つの殺人」という偽の報告書まで書かれることになる。 一見とりとめのない夢の記録やその断片を、合間に挿入された市田良彦による解説や訳注が、明快に位置づけ背景を補う。その意味で、原著もふくめ、この書物にはアルチュセールの記述と同じくらい「編集」の力が働いていると言ってよい。これは否定的な意味ではない。実際、この明晰な編集と訳者による解説がなければ、とうてい一冊の書物としてこの“アンフォルム”な遺稿は、読むに耐えるものにはならなかっただろう。アルチュセールの夢に力を備給し続けた女性たちについて書かれた「エレーヌとそのライバルたち」、精神分析との関係を端的にまとめた「アルチュセールにおける精神分析の理論と実践」、そしてまとまった論考「夢を読む」は、この書物にくっきりとした輪郭を与える。 そして、そのような整った器(うつわ)としての書物に盛られたアルチュセールの夢は、しかし、というよりもその器の存在ゆえに、そこからあふれ出るように読むものに迫ってくる。生々しい性的衝動、隠されない自らの出自に対する選良意識とコンプレックス、暴力の痕跡とあからさまな弱弱しさ。このような「原形質」が、しかし単なる露悪や俗な関心事に留まらないものになるのは、やはりアルチュセールの仕事、変転し続ける「状況」の理論と「出会いの唯物論の地下水脈」のようなテキストとの関係を見る場面でだろう。少し息苦しいが、しかし思わず一気に読み通したくなってしまうこの本に流れる「力」を通してはじめて見えてくるアルチュセールがあるはずである。

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